2010年6月1日火曜日

稲作は縄文から

 ◆熱帯ジャポニカ米を栽培

 ところで稲作というと、これもかつては弥生時代に入ってから栽培された、といわれていました。しかし「鬼界カルデラ大噴火」の稿で書きましたように縄文時代にも米はあったのです。6000年前の縄文遺跡から米特有のプラントオパールというガラス質の繊維が検出されました。縄文人も米を食べていたのです。縄文の壺型土器は稲、ヒエ、ハト麦などを貯蔵するために開発された土器だと考えられています。ただし弥生時代の米とは米の種類が違いました。縄文の米は熱帯ジャポニカ米です。熱帯ジャポニカ米は陸稲で、比較的水分が少なくても栽培しやすく、管理にもあまり手をとられません。焼畑農業的に栽培されていたらしいのです。縄文時代には寒冷・温暖・寒冷の気候循環があったのですが、その温暖の時に熱帯ジャポニカ米を栽培したようです。

 日本列島に熱帯ジャポニカ米を持ち込んだのは南方系縄文人でした。南方系縄文人の祖先はインドネシア付近にあったスンダランドという小大陸から、琉球諸島を経て日本列島に入ったのですが、そのとき熱帯ジャポニカ米を丸木舟に積んで運んで来た、と推定されています。今でも熱帯ジャポニカ米はインドネシア・ジャワ島の特産品です。

◆温帯と熱帯のジャポニカ

 世界には、インドを中心として栽培されている長粒子(インディカ米)、日本、朝鮮半島、中国の多くの地域、アメリカ、オーストラリアなどでつくられている短粒子(ジャポニカ米)の米があります。インディカ米はカレーやピラフにすると良く似合うので、愛好家もありますね。世界では主流派の米です。ジャポニカ米はさらに水稲の温帯ジャポニカ米と陸稲の熱帯ジャポニカ米の2系統があります。陸稲の熱帯ジャポニカ米を日本に持ち込んだのが縄文人、水稲の温帯ジャポニカ米を日本に入れたのが弥生人でした。

 前掲を除く主な参考資料
 『Newton別冊 血液型、海流で探る日本人のルーツ』竹内均 (ニュートンプレス)
 『争点日本の歴史1原始編』鈴木公雄編(新人物往来社)
『講座日本歴史1原始・古代』歴史学研究会・日本史研究会編(東京大学出版会)
 『遺伝子・DNA 3- 日本人のルーツを探れ- 人類の設計図』(NHK出版)
 『縄文文明の発見』梅原猛・安田喜憲編著(PHP研究所)
 『世界史の中の縄文文化』安田喜憲、(雄山閣出版)
 『森の日本文化 縄文から未来へ』 安田 喜憲( 新思索社)
 メルマガ『国際派日本人養成講座』伊勢雅臣
 デーリー東北新報 各号
 読売新聞 各号
 『斧の考古学』佐原 真 (東京大学出版会)
『食の考古学』、佐原 真 (東京大学出版会)
 『考古学つれづれ草』佐原 真 (小学館)
 『日本の犬・歴史散歩』 真壁延子著 (文芸社)
 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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